グスクと世界遺産
1420年代に有力な按司(あじ)であった護佐丸(ごさまる)によって築かれた城。北山が滅びた後にもその旧勢力を見張る目的で造営され、琉球王国成立の初期に国家権力の安定に重要な役割を果たした。史跡に指定されている。
沖縄のグスクに関して、長年にわたって調査研究が進み、興味深いのは、グスク=城塞という図式におさまりきらない特徴をもっていることです。
つまり、強い力を持つ城主をいただくお城としての役割にとどまらない、さまざまなことがわかってきたのです。
広範囲に広がる数々のグスクの共通した特徴があります。
それは、グスクと称される場所には、大小の差、積み方技法の違いはありながらも、石垣による囲いが 存在することです。
この残された石垣が、グスク解明の糸口になると考えられました。例えば、首里王府の管理下にあって、海外との貿易物資の貯蔵のために使 われていたという御物グスク、これは那覇港の港内にありますが、城としての機能をもっており、また、硫黄グスクと呼ばれ、中国向け輸出品である硫黄の集荷 所がありましたが、これも城としての機能を有していました。
両者ともグスクという名称をもち、同時に石垣によって囲い込まれていたことが研究でわかってい るのです。
この、石垣による囲いという点からグスクの「グ」は石で、「スク」は囲った場所だという、語源からの解明で、グスクとは石垣で囲まれた場所を意 味するという仮説があらわれました。
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